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ろうごくのはなよめ

牢獄の花嫁

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页

青空文庫

また、つい二、三日前には、拷問倉の窓から唖男の吟味をのぞきこんでいた、あの妖美な顔ではないか。

「畜生ッ」

そのまま、ひらりと、東儀与力は塀の外へ跳び降りたのであった。

唖男の鈍重きわまるのにひきかえて、女はまた怖ろしく鋭利な感覚と、すばしッこい動作力をもっている。

――来た! と気がつくと女はすぐに目的をあきらめて、元来た草原の小道をススススッとまるで低く飛ぶ雲雀のように。

「うぬ、今夜こそは」

と、東儀与力もまた、歩速のあらんかぎりを出して、つんのめるように追い駆けた。

男の歩速と、女の歩速――

またたくまにその距離は迫ったけれど、もう一歩という所で、女は、混み入った裏町の露路へまぎれこんでしまった。

うす暗い職人町の露路を、彼の眼がせわしなく光って、隈なく歩き廻っていたが、どうしても、姿が見あたらない。

そのうちに、川端へ出た。

右手をふり向くと、京橋口の大通りの灯がチラチラ見える。ああいう敏捷な女だから、かえってこっちの裏をかいて、明々と町家の灯が往来を照らしている中を、洒然とあるいているかも知れない。

こう考えて、彼は、仲通りを大股にあるき出した。