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ろうごくのはなよめ

牢獄の花嫁

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页

青空文庫

で、帰りがけに奉行所の方へ寄って、すべての打合せを済まして参りました」

「してみると鶉坂の老先生は、飽くまで唖を、大愚者と見ておられるのだな」

「何しろ世話の焼ける奴です」

「ともかく、その手順どおりに踏んでみよう」

夜は更けているが、一日経てば一日だけ捜査は至難になるばかりだ。呆っ気に取られている唖を、再び牢から出して盲目駕の中に括りつけ、奉行所に納めて、最初の晩のように、増上寺の境内まで連れて来た。

ちょうど、この辺が彼を縛め捕った場所だという所で、駕から出して、行け! という手振りを示して押っ放すと、

「? ……」

唖はしばらく、四方を眺め廻して考えていたが、やがて黙々と、御霊廟のうしろの方へ向って歩き出した。

「おや、あそこは通り道ではないのに」

「鎧櫃を背負ってきた晩も、あの御霊廟の裏から出てきたのですから」

「ははあ……では今度こそ、その晩、出て来た所へ戻るつもりだろう。では、両人、ひと足先へ」

と、東儀与力は、物蔭に頃あいを計っている加山と波越へ眼くばせをして急がせ、また、ふところからは一通の書面をとり出して、

「先刻、密使をつかわしてあるから、委細はお聞き及びの通りであるが――と申し添えて、これをお奉行の手へ届け、羅門塔十郎に交渉をつけること、よろしくご配慮を仰ぐと申して、来い」