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ろうごくのはなよめ

牢獄の花嫁

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页

青空文庫

女笛師

と、ひとりの部下に耳打ちをして、すぐにその場から走らせた。

女笛師

増上寺の五重の塔を見上げたり、伽藍の横の松の樹を撫でて見たり、塀のそばに近づいて見たりしながら、唖は、空疎に、鈍々とした歩調で、御霊廟の裏へ曲がって行く。

屑屋の加山と、非人に変装した波越とは、見え隠れに尾いて行った。その二人の影を目あてとして、また東儀与力が尾いてゆくから、ちょうど三段尾行である。

「おや、また石燈籠のそばへ顔を寄せているぞ」

曲がるたびに、唖は、必ず何かの物体へ眼を近づけて考えこむ風なので、波越八弥があとからいちいち検察してゆくと、あの晩携えていた三本錐の尖で傷つけたらしく、道の覚え印しが引っ掻いてあった。

「うむ、やっぱり老先生のお眼鑑どおり、唖のやつは、全く田舎のぽッと出で、江戸の地理は皆目知らないのだ……」

そうしている間に、幾曲りして、御霊廟の裏から僧房の裏まで突き当ると、道はもうないはずであるが、唖男は、がさがさと、一方の雑木山へ登り出した。

「あっ、成程」

常識はいつも探索に失敗と迂遠な笑いを招く。道とばかり考えているから思いつかなかったが、そこは増上寺の寺領で、遠く麻布の台町まで林つづきである。