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ろうごくのはなよめ

牢獄の花嫁

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页

青空文庫

真っ暗であるが、なんとなく屋内の空気のうちには、新しく蝋燭の燃えた匂いと、人間の息とも臭気ともいえないものが、感じられたと見える。

はッとしたように、武士が左足を退いたので、おのれ逃がしては、と焦心ッた東儀与力が、

「曲者ッ」

と、怒鳴りながら、大客卓の蔭から立とうとした。

とたんに、びゅッと白い切ッ尖が刎ねて来た。あっと、思わず首を竦めたせつなに、黒衣の武士が、足をあげて、鉄板のように重い花梨の大卓を蹴たおしたので、東儀与力はその下に押しつぶされて、

「うッ」

と、何か叫ぼうとした。

曲者は、絨毯をつかんで、ばっと、その上に押しかぶせると、冷蔑をこめた笑みをにやりと投げて、ふところ手をしたまま、表から出て行ってしまった。

「残念ッ、残念。――おいっ、加山、波越ッ、二人ともおらんのか!」

卓の下から、手足をもがき出しながら、彼が罵り騒いでいると、その声に吃驚して、裏口と表から、二人が駈けこんで、盤石のような大卓を持ち上げた。

「与力、どうなされました」

彼は、部下に対する間の悪さを、憤怒に変らせて叱りとばした。

「どうなされたじゃない、今、出て行った曲者をなぜ捕えぬのだ。