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ろうごくのはなよめ

牢獄の花嫁

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页

青空文庫

聞かない振りをして、空を見ていた花世は、火のようになって、父のうしろに隠れた。

「はははは。恥しいことはない。郁次郎が帰れば、あの屋敷は、二人のもの。わしはこの草堂の主になって、仲のよい若夫婦を眺めて暮す。……それが唯一の希望じゃ。オオ、そういえば五百之進殿、お願いしておいた公辺へのお届けは」

「そのことなら心配はない。御老中方も、趣旨を聞かれて、さすがは塙老人、殊勝であると、すぐにご聴許になった」

「それで安心いたした。公儀のお許しがすめば、もう世間へ知れてもよい」

「では、いずれ近日に、改めて、結納を持って出直して参る」

「左様か、では、婚儀の日どりは、その時のご相談としようか」

五百之進は、花世を連れて帰った。

老人はふたりを送り出してから、大工に大きな欅の板を削らせ、それへ太筆に墨をふくませて、「塙蘭医養生所」と書いて、

「きょうは欣ばしい日だったせいか、ばかに、文字も気持ちがよく書けた」

と、愛縄堂の中に立てかけて、墨を乾かしておいた。

これで分った。鶉坂の大きな建物は、病人を容れる養生所になるのだ。幕府の施薬院としては、小石川養生所と青山に一個所あるが、それは、両方とも漢方医の病院。