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ろうごくのはなよめ
牢獄の花嫁
吉川 英治
「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页
居眠っていたのであろう、たわけ者め」
「曲者? 与力こそ何をとぼけているのですか、そんな者は、出て来ませんが」
「幽鬼ではあるまいし、姿を見せずに出てゆけるか。たしかに表から出て行った。――それもたッた今ではないか」
「なるほど、今、一人の武士が出て行きましたが、あれは与力がお呼びになった奉行所の使いでございましょう」
「ええ、何をたわごとを言う。拙者が曲者を呼ぶ理由があるか」
「でも、その武士を糺すと、そう言うのです」
「貴公、同心のお役をご辞退したらどうだな。曲者の言い訳を、そのまま信じるようじゃ勤まらん」
「でもその武士は、袂の中から、南町奉行の烙印のある与力鑑札を立派に示したのです」
「作り物だ、それは」
「いや、奉行所鑑札が作り物かどうかぐらいはてまえにも分ります。決して、偽鑑札ではありませぬ」
と、折角、罠にかかった本体の曲者を逸して、その口惜しさと、気まずさと、異様な昂奮とに、三名は、地だんだを踏んで、後の祭りをくり返した。
夜は、いつのまにか、白々と庭の樹々に明けている。東儀与力はまだ余憤がしずまらないで、
「こんな馬鹿な目にあったとは、老先生にも話が出来ぬ。