轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

どうひょう

道標

宮本 百合子

第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页

青空文庫

を荒川放水路に遺棄された。アナーキストの首領であった大杉栄・伊藤野枝夫妻と六歳だかの甥宗一の三人が、憲兵隊で甘粕大尉に扼殺され、古井戸へ投げこまれたのも、このときだった。震災を機会に政府は永続する残酷な左翼弾圧の方針を確立した。その空気は、左翼について知識も乏しく、何の関係を持たない伸子にさえも、野蛮な権力は、いつ自分の気に入らない者の生命をおびやかすか分らないという危険を感じさせた。弟である作家の言葉は、そういう当時の憤りには無関心に、個人個人の生物的な生の肯定に安住していられるひとのひびきがあった。その人が意識していないところに、日本の多数の人に特有の「なにもいっとき」風の処世態度が感じられた。

佃と離婚するばかりの頃で、伸子の一日一刻のうちには、生に対して主動的であろうとする欲求がたぎっていた。すべての人が、この弟である作家の人生態度にしたがって、自分としての内面の動機を外界の事情と和解させつつ、そこに臨機のモラルを見出してゆけるなら、生きるということは何と楽だろう。伸子は、もとより自分だって生きる組だ、と思った。けれども、その生きかたは、弟である作家のようにでは、なく。