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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
黒川隆三がマッチをすって火をつけてやった。その火が透明に見える。そこはそんなに明るい日向だった。風もない。
伸子は、瞳をせばめたような視線で、灌木の生えている斜面の下に日をうけてつらなるウィーンの市はずれの屋根屋根を眺めていたが、やがて、
「静かねえ、ここは……」
と、あらためて、背後の建物と廻廊を見かえった。
「なんだか、人なんかどこにも住んでいないみたいね、いつもこんなのかしら」
「そんなことはありませんよ。いま丁度みんな働きに出ている時間ですからね」
黒川隆三は、単純な説明にいくらか弁解の調子を加えて云った。
「かみさん連も、ここに住んでいると留守番がなくてすむから、何かかにか外へでてみんなで稼いでいますからね。――比較的楽にやっていますよ。ウィーン市は労働者に失業手当はもとよりだが、養老保険も出しているから……」
伸子たちが日向ぼっこしている場所から離れて、建物よりのところに一人の老婆が黒い肩かけをかけて編物をしていた。
「おおかた、ああいう連中も養老年金組でしょう。シュミットも今は年金ぐらしで結構やっているんです、三十五年勤続したあげくですからね、それが当然ですよ」