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ちからもち
力餅
島崎 藤村
「力餅」研究社、1940(昭和15)年11月
N3 · 进阶 · 新字新假名 · 65,974 字 · 130 页
殿下は当時陸軍騎兵づき大佐で、かくれもない馬好きでいらせられるのですから、御寵愛の「ファラリース」というアラビヤ産を種馬として南佐久へお貸し付けになりますと、人気が立ったの立たないのじゃありません。「ファラリース」の血を分けた馬が三十四頭という呼び声になりました。殿下はお喜びのあまり、ある年の秋、野辺山が原へと仰せいだされたという話が残っています。その時は四千人あまりの男や女があの牧場に集まったと聞きます。馬も三百頭ではきかなかったそうです。海の口村はじまって以来のにぎわいであったとのこと。
川上を見てきたかわずはさらに話をつづけて、その牧場のある野辺山が原へも行ってきたことを語りました。そこは八つが岳の山腹にあたり、海の口村からすぐで、四里四方もある高原です。
晴れて行く高原の霧のながめも、千曲川の川下しか知らないかわずに見せたかったと言いました。すこしすその見えた八つが岳が次第にけわしい山の骨をあらわしてきて、しまいに朝の光を帯びたいただきまでが見られるころは影が山から山へさしてきています。甲州にまたがる山脈の色もいくたびか変って見えます。急に日があたってきたかと思うと、ちぎれちぎれの綿のような雲も浮かんで、いつのまにか青空が見られます。