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ちからもち

力餅

島崎 藤村

「力餅」研究社、1940(昭和15)年11月

N3 · 进阶 · 新字新假名 · 65,974 字 · 130 页

青空文庫

一つの雷さまはもういい年のおばあさんでした。このおばあさんは名をおしんといい、若いさかりのころに木曾福島の代官山村さまのお屋敷勤めに出て、その時についたあだ名が雷でありましたとか。「おしんさんの雷」と言えば、御殿勤めするほうばいの女中たちから恐れられもし、敬われもしたらしい。そんなあだ名を取るくらいの人ですから、後には東京に出て暮らすようになりましてからも、養子を助けてよく働いたけなげな気象の婦人でありました。この人が吉村のおばあさんです。

わたしが上京後、お世話になりましたのも、おもにこのおばあさんたちのもとでした。吉村のおじさんは書生を愛する心の深い人でしたし、それに郷里が同じだものですから、わたしのようなものまで家族同様に思って世話をしてくだすったのです。わたしはまだ京橋区数寄屋河岸の泰明小学校へ通うほどの少年でしたが、冬にでもなりますと、寒さのために手や足がはれまして、

「おばあさん、しもやけが痛い。」

そんなことを言って泣くたびに、夜中でも起きてふとんの上からわたしの痛む手足をたたいてくれたのも、このおばあさんでした。吉村さんの家では、その親類すじにあたる漢学者、武居用拙先生の総領むすこという人のうわさがよく出ました。