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ろうごくのはなよめ

牢獄の花嫁

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页

青空文庫

「お父上にも、そなたにも、婚儀の前に、こんなご苦労をかけながら、何で、薄情でおられましょうか。ただ、郁次郎がきょうまでの行状を、貴女が疑ってさえ下さらねば……」

「私は、信じておりまする。この信念をうごかしたら、私は、女ではございませぬ」

「そういう心を娶って、自分のものにする郁次郎は恵まれた人間です」

「お見捨てくださいますな。ほんとの、父ひとり、娘ひとりの、私です……」

恐々と、すがる手を、郁次郎は自分の手へ拯い取った。彼女のいじらしい恋は、爪のさきまで、桃いろに燃えていた。熱い、火のような手だった。

「ね、ようございますか、郁次郎さま」

ふるえている。……甘えている。

郁次郎は甘い感激に閉じていた眼を、ふっと、熱い息といっしょにひらいた。そして、何の気もなく、自分の手にある、花世の爪の先に眼を落したのである。

「あ、これを見ては、嫌です」

何か、慌てぎみな羞恥が、花世の頬を走った。ついと、左の手を引ッ込めて、袖の下に隠してしまった。

「はははは」

と、郁次郎は笑った。彼女の他愛なさを、他愛なく笑ったのである。

「ホホホホ」

と、花世も笑った。

油の滲みた燈心が、ぽっと、部屋の中を明るくした。