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ろうごくのはなよめ

牢獄の花嫁

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页

青空文庫

「はっ……」

と、加山は暗涙をのんでうな垂れた。

東儀は、あわただしく、体や髪の雫を拭いて、衣服を着更えながら、

「郁次郎めが老先生の子息であるという点から、さては、十手が鈍ったのであろう」

「……決して、そんなわけではございませぬ。拙者は富武家の裏門を見張っておれと申し付かっておりましたので、忠実にそこを固めているうちに、組下の者から様子を聞いて、驚いて駈けつけて来ましたが、もうその時は遅かったのです」

「いかん! どうもいかん」

と、東儀は、すべての喰い違いがみな部下の怠慢からでも起ったように、首を振ッて、

「いつぞや退役させた波越といい、また貴公といい、みな江漢老先生とは師弟の誼みがあるから、いざとなると、公私の境に惑乱して、十手の公明正大を誤っていかん」

「いや、それは無理もないことです」

と、羅門はそばから取做すように、

「拙者にしても、きょうが日までは、いくら証拠に証拠が重なっても、まさか、女笛師を殺害した下手人が、老先生のご子息であるとは、思いながらも、よもやに引かれて、惑っていたくらいなもの。――まして当代の人格者塙老先生の指導を直々にうけた門人ならば、なおさら、そう考えるのが当りまえでしょう。