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ろうごくのはなよめ

牢獄の花嫁

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页

青空文庫

「旦那」

と、呼ぶ者がある。

ふり返った羅門はすぐに、

「鮑か。鮑はいらん。帰りに買ってやる」

と、すたすた歩きだした。

「羅門先生」

「や?」

「私です」

と、鮑売りの漁師は、かぶっていた磯くさい手拭をとって、むじゃむじゃな髯の中で笑った。――郁次郎を捕えぬうちは奉行所へ帰ってくるな、と酷い上役の東儀からいわれた同心の加山耀蔵だった。

さすが炯眼な羅門も、彼の巧みな変装にはいッぱい食って、思わず、恥じたいろをした。

「おう、加山か」

「羅門先生には、きのう、江戸表の方へ街道をお急ぎとお見うけいたしましたが、どうして、お戻りなされたので」

「貴公こそ、どうしてここへ来ているのだ」

「はい、拙者は、あれ以来、奉行所へ戻らずに、遂に、郁次郎の足跡を見つけて以来、彼の影を離れたことはありません」

「では、郁次郎がこの島へ来ていることを、貴公はもう知っているのか」

「そのために、早速、こんな姿に化けているわけです」

「ご熱心だな」

と、言ったが、羅門には、ちょっと、自分の功をさらわれたような不快さが、軽く走った。

「この島へはいったのは、郁次郎も、自分で自分の墓穴を掘ったようなものだ。