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ろうごくのはなよめ
牢獄の花嫁
吉川 英治
「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页
島の者はむろん、旅の者まで集って、山の林には、凄惨な、ものものしさが騒いでいた。そのうちに、神社の掃除男や、社家の人々が、色をかえて、駈けて来た。
その人々のことばを綜合すると、きのう灯ともし頃、
(直美どの、海を見に行かぬか)
と、若い侍が、誘いに来て彼女を連れ出した。居あわせた者が、
(誰か)
と、訊くと、直美は少し恥かしそうに、
(離室のお武家さま)と、答えてうれしそうに出て行った。
で、深く注意もしなかったが、外に待っていた男は、編笠をかぶり、背丈もすがたも、離室に逗留している若い武家とちがいなかった。殊に、その紋までが、同じ、丸の一羽雁であった、という。
「よしッ、他言するな」
島役人は、その書上帳をつかんだまま、いっさんに島の山から降りて行った。そして、海辺の渡し口に立っている鮑売りの加山耀蔵に何かささやくと、嬉色をみなぎらして、すぐにまた、羅門塔十郎の宿所へ引っ返して行った。
同じ宿には、ゆうべ江戸から着いた、東儀与力をはじめ、屈強な部下が七、八名、姿をかえて泊っていた。
「もう、猶予はならん」
断乎として、羅門のくちびるから、決断の一句がつよく走った。