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ろうごくのはなよめ
牢獄の花嫁
吉川 英治
「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页
「火急、談じ申したいことがあって」
と、厳しく、改まった。
その眼! その語気! 既に火のようである。
「ほ、談じたいこととは」
「伜郁次郎の儀について」
「では、この度のことはもうお聞き及びであるな」
「承った」
と、息を嚥む。
「なんとも、お察しする。悪事をする子ほど可愛いとは、俗にもいうことば、さだめし、ご愁心であろう。しかし、もう今日と相成っては、如何とも、いたし難い。お諦めが肝要であろう」
老人の面は、見るまに、朱を注いだ。その灼きつくような眸は、憤ろしい涙にうるんでいる。
「あいや、奉行のおことばではあるが、伜郁次郎は、決して、左様な極悪人ではない。子を見ること、親に如かずじゃ。この親たる江漢が断じて言う、断じて言う! 郁次郎を罪人というお眼識は違っている」
「親子の情愛、そう思われるのは無理もないが、すでに、動かし難い幾多の証拠が蒐まっている」
「証拠? その、証拠とは?」
「いちいち、ここで述べ立てるよりは、これを一見した方が早かろう」
主計頭が、調書をそれへさし出すと、老人は、顫く手に取り上げて、それを、最初の第一項から、血走ッた眼で読み始めた。