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ろうごくのはなよめ

牢獄の花嫁

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页

青空文庫

首斬り手桶

「これ! 伜!」

「あっ?」

「伜」

「…………」

「伜……」

郁次郎は、思いがけない父の姿を見て、白痴みたいに、ただ茫然とした。夢ではないかと、疑った。梟のような眼を見ひらいたまま、ぼうと、しばらくは、言うべき言葉を忘れているのだった。

老先生は、握りしめた我が子の手をつよく揺りうごかして、

「わしじゃ! 父じゃ」

「おう……おう……」

「来たぞ、おまえの父は来たぞ」

老先生は、滂沱とあふれ出る涙を抑えて、

「もういい、もういい! おまえの冤罪は、きっと、この父が雪いでやる。気をしッかりせい、心をつよく持て」

「ち、父上……」

郁次郎は、いきなり抱きついて、わッと、泣いてしまった。生れながらの幼い者のように、声をあげて、オイオイと泣いた。老先生もまた泣きながら抱きしめた。

首斬り手桶

羅門塔十郎は、胸が迫って、見ていられないように、懐紙を出して、涙を拭いながら、

「――失礼いたします」

と、老先生のそばへ、提灯をおいて、牢の外へ、しばらく避けていた。

何という痛ましい邂逅だろう。奉行も、東儀も、さすがに、父子の情熱に涙をゆたぶられて、羅門と同じように、貰い泣きを隠していた。