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ろうごくのはなよめ
牢獄の花嫁
吉川 英治
「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页
狂う老先生
蹌踉として、彼の影は、奉行所の外へ歩き出していた。月があれば、その細い影は、骨ばかりにも見えたであろう。
「どうする? どうする?」
老先生は、よろよろと地を踏みながら、突然、自分の頭を、コツコツと、拳でたたき始めた。
「だが、夜明けまで。――時刻はない。――何をする間もない。ああ、いかなる鬼神でも、その間に、どうして、真の下手人が捕えられよう」
ぼろぼろと、涙が飛ぶ。
拳が、頭をたたく。――足が大地を蹴る。
どう見ても、狂者である。あわれや、塙江漢も、とうとう、気が狂ったのではないかと思われた。
狂う老先生
「あっ、老先生だ」
と、加山耀蔵は、あわてて、塀際の闇から、立ち上がった。
老先生の懸合いの結果を案じつつ、宵からの長時間を、奉行所の門外にかがみ込んで、じっと、待ちぬいていた耀蔵であった。
――と今。
力のない、人影が、そこの門を、ふらふらと、出て来たと思うと、自分には声もかけず、魂のぬけ殻みたいに、蹌踉として、歩み去って行くので、彼は、オヤ? と怪訝りながら闇を透かして、
「――老先生、老先生。どうなさいました」
と、手をあげて、駈け出したのであった。