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ろうごくのはなよめ

牢獄の花嫁

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页

青空文庫

十五夜をすぎると、秋は急に深まってくる。

「――ぜひ老先生の、ご名断を仰ぎたいと存じまして」

東儀三郎兵衛は元気がない。まったく、あの唖聾の吟味に根気をつからしたものと見えて、数日の後、とうとう兜をぬいで、鶉坂の大先輩、塙老人のまえに辞を低くして、教えを仰いだのである。

老人はひと通り聞いて、

「それやあ、惜しいことをした。実に、惜しい」

「えっ、何か、ぬかりがあったでしょうか」

「だが、貴公の落度ではない。最初に、唖聾を捕えた時の二人の手ぬかりじゃ。まだ若いからしかたがないようなものの、残念なことじゃった」

「ははあ? ……とは何故で」

「唖聾は、何者かにあやつられている手先とわしは観る。張本人は、その折、先へ行った黒衣の侍だった」

「あっ、なるほど」

「いちど懲らした魚は、なかなか二度針を食わぬ。これや、難事件になるな」

「殺害された女が、万一、ご大身の部屋方であっては、後日に、大失態と、お奉行も心痛はしておりますが、皆目五里霧中の状態なので、ほとんど、困惑しております」

「いまだに、何処からも、届けも出ねば、騒ぎ出しても来ぬ点をみると、よほど身分のある婦人か、でなければ、巧みに現場を伏せてあるものとみえる」