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ろうごくのはなよめ
牢獄の花嫁
吉川 英治
「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页
「待てッ」
と、呶鳴りながら駈けて来た。
「こらッ」
わらわらと、その後から、奉行所の番士たちが追いかけて来るのを、老先生は阿修羅のように振りとばして、
「刑吏! その太刀を下ろすことはならんぞッ、待てッ」
と、叫びつづけて、郁次郎のそばに、両手をひろげて立ちはだかった。
「やっ、老先生」
と、東儀は、床几から飛び上がるほど驚いて――
「な、なんで、大事な執刀の邪魔を召さるか。狂気されたかッ。役儀の遂行を邪げるに於いては、何人とて、用捨はいたさぬぞ」
と、こめかみに、青すじを立てて言った。
「だまれ、東儀!」
老先生は、厳然と、
「――狂気したかとは何たる放言だ。老いたりといえど塙江漢、まだ、気狂うほどの耄碌はせぬ」
「ではなんで、郁次郎の愛に溺れて、刑の執行を邪げなすか」
「いや、邪げるのではない。止めるのだ」
「止める?」
と、鸚鵡がえしに、東儀はあきれたような眼を瞠って、
「いかに老先生でも、法の命ずる下に刑罰する罪人を、お止めなさる権利はない。近ごろ、血迷われたとみえる」
と、嘲嗤った。
老先生は、きっと向き直って、老中太田備中守の執行猶予書を、羅門と東儀の眼のまえに向けて、開いて見せた。