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ろうごくのはなよめ
牢獄の花嫁
吉川 英治
「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页
無論、彼の耳には、新七の声が聞えるはずもない。
「ほんとに……。捨て場がないね」
こう答えたのは、苫を敷いて、舷に、身をもたせていた怪美人の玉枝であった。
「しかたがねえから、グッと沖へ出て、沈め込むとしましょう。だが、船番所の見廻り舟にでもぶつかると面倒ですから、気をくばっていておくんなさい」
「大丈夫だよ。わたしが、こんな顔をしていれば、舟遊山としか見えやしまい」
「女の乗っているところが安心だが、その唖聾が、キョロついているのが困りものだ」
「なあに、これだって、人が見れば、山出しの下男だろうと思うから心配はない。それよりも、うでに縒をかけて、沖へ漕いでおくれ」
「おッと、そのことだ」
新七は、わき目もふらずに、漕ぎ出した。――玉枝の坐っている舟底のまえに何やら、筵をかぶせたものが隠してあった。その筵が、海風にめくれるたびに、紫いろをした人間の足の先がちらと見えた。
玉枝は、それを気にして、めくれるたびに、すぐに、筵をかぶせた。そして、
「おや、まだ息があるんじゃないか。いっそ、匕首で、一突きにしてから沈みをかけたらどうだえ」
と、言った。
「飛んでもねえこった」