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ろうごくのはなよめ

牢獄の花嫁

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页

青空文庫

あとで、心静かに、書き認めてお手元までさし出しまする」

「ム。それでよい。それで結構だよ。……ところで、ついでのことじゃ。もう一つ、わしの問いに答えてくれるか」

「はい、どんなことでも、もう決して包み隠しはいたしません」

「おう、よい嫁じゃ」

と、老先生は、眼の中へでも入れてしまいたいような愛撫を眸の奥にたたえながら、彼女の左の手首をかろく取り上げて、

「ほかではないが、そなたのこの爪だ。薬指の真っ黒なこの爪の色だ……。これはいったい、生れつきか、それとも、幼い時に怪我でもしてこうなったのか。婦女子の爪紅をさしたのはいくらも見かけるが、こんな烏の嘴みたいな黒い爪は見たことがない。何ぞ仔細があるのであろう、それを、話してもらいたい」

「…………」

花世は、羞恥にわななきながら、じっと、その手を、そのままにしていた。白い頸を、折れた百合みたいに、垂れていた。

老先生には、彼女の心臓の音が、ありありと聞えた。

「……どうじゃな、花世」

「…………」

「もし、これも、口で言いにくければ、前の問題といっしょに、書いて見せてくれてもよいが」

「こればかりは、死んだ実父の五百之進も、胸を痛めていたことでござりますが、遅からず、一度はお打ち明けせねばならぬこと。