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ろうごくのはなよめ

牢獄の花嫁

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页

青空文庫

躍る捕縄

躍る捕縄

ざらざら……と、老先生の足もとへ、崖の赭土がくずれて来た。

はっと、うしろを振り顧ると、紫陽花の繁茂っている崖の中腹に、黒い、覆面の魔物が、肩先を見せて、逃げかけた。

おお! 悪魔の首領。

「待てっ」

老先生は、叫んだ。

紫陽花の花の中から、悪魔の眼は、ちらと、こっちを睨んだが、笑い捨てるように、かすかな表情をうごかしたと思うと、また一本! 老先生の眉間をめがけて、小柄を投げるや否、ざざざッと、崖の上へ、走り上がった。

「おのれ!」

と、塙江漢。

その一喝こそ、塙隼人の壮年時代から、鍛えぬかれたところである。「悪の仲間」をして戦慄せしめた、威力と正義の宣言である。

だッと、走り寄って、崖の下へ――。

同時に、

「ええいッ」

と、投げ上げた二丈の捕縄は、崖の上へ這い上がりかけた曲者の首すじへ絡みついた。旋回した分銅は、彼の首から、胴なかを、蛇のように巻いた。

が――曲者は慌てない。

太刀を抜きざまに、捕縄を斬り払った。そして、犬の如く跳躍して、附近の森のなかへ、姿を消してしまった。

いちどは、なおもと、追い足を飛ばしかけたが、老先生は花世の方が、気がかりでならなかった。