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ろうごくのはなよめ
牢獄の花嫁
吉川 英治
「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页
傀儡の唖
傀儡の唖
隠退した名与力塙江漢のために捕縄供養の催された十五夜の晩である。
重そうな鎧櫃を背負ってさまよっていた妙な唖男――波越八弥、加山耀蔵のふたりの同心の悪闘――そして名月の夜更けに闇から明るみへ出た花のごとき妙齢の死骸――ふしぎな彼女の死笑靨――おまけに蝋細工の欠けたように左手の人さし指がない、酷くも切りとられている。
その時、三本錐をもっていた唖男が、激しく暴れたので、加山、波越のふたりは、数ヵ所の傷さえうけて、やっと召捕った者であったけれど、吟味にかかると、かんじんなその男が、唖でつんぼと来ている。どう責めてみても、生壁に問答をしているようなもので、一向に通じない。
手懸りも皆無である。文字どおり事件は迷宮にはいってしまった。
そこで弱りはてた南町奉行所の与力、東儀三郎兵衛は、高輪鶉坂の大先輩塙江漢老人をたずねて、謹んで教えを乞うたところが、耳かたむけていた老人が、やがて口をひらいて、たった一つの鍵がある! と言う。
――そこまでが発端であった。
× × ×
「えっ、ありますか」
「ある!」
と、老人は、重く、つよく言った。