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ろうごくのはなよめ

牢獄の花嫁

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页

青空文庫

「あ、そうそう、つい、お見それいたしまして、只今、台帳を調べまするが、先様のご姓名は、なんと仰っしゃいましたでしょうか」

「山城国、四明ヶ岳」

「あ、山城で。……では台帳がちがいました」

と、幾冊もあるうちから、一冊とって、ぱらぱらと、風を起てる間に、女は、

「前黄門、松平龍山公のご隠居所、含月荘のご家老、大村郷左衛門様へお送りいたすのです。粗相のないように、扱ってください」

と、誇らしく、ひと息に言った。

そのとおりを、送り状に、さらさらと書いて、

「これでございますな」

と、耀蔵は、女のまえの、小箱へ手をのばしかけた。

「あ、お待ち!」

と、女の眼は、急に、不安にみちて、彼の手を抑えた。

彼女らの巣

「待っておくれ。大事な、大事な、この小箱の中の品物……」

と、女は、自分の腕でも切って渡すように、その小箱を、愛惜の手で抑えたまま、

「粗略に扱われては困るのです。――よいかえ」

と、幾度も念を押した。

うまうまと、為替屋佐渡平の店に、手代に化けすましている加山耀蔵は、

「へい、それはもう」

と、軽くうけて、

「――大丈夫でございます。当家の暖簾をご信用くださいまし」