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ろうごくのはなよめ

牢獄の花嫁

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页

青空文庫

むろん、唖男をつかまえた時に、ひどい手抗いをされて懲りている例があるから、二人のほかにも辻々には捕手がびっしりと影を沈めこんでいる。

――一方では東儀与力、彼も伝馬牢へ出張して、最前から役室の自鳴鐘をじっと睨みながら、

「おい、牢番」

「は」

「唖聾のやつは、どうしておるか」

「さっき晩の獄飯を与えました」

「ウム」

「それをガツガツと食べ終りますと、手真似をして、もっとくれいと強請みましたから、いかん、と首を振ってみせたら、さまざまなあだをいたして、いやはや手古摺りました」

「吟味にかかると、まるで腑抜けのように、目鼻もうごかさんくせに、そんな振舞をいたすのか」

「只今のぞいてみると、またぐうぐう鼾をかいて寝ております」

「なぜ獄則どおりにせんか。割竹をもって牢鞘をぶッ叩け」

「つんぼですから、びくともいたしません」

「あ。そうか」

と、微苦笑をもらしながら、しばらく、腕をこまぬいて黙想に耽っていたが、やがてジジジジジと机の自鳴鐘が鳴り出すと共に、

「お、支度だぞ」

と、九番という木札のついている牢の合鍵をはずして役室を出て行った。

常闇の牢長屋の奥で、ガチャンと冷たい鉄の音がする。