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ろうごくのはなよめ

牢獄の花嫁

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页

青空文庫

東儀与力は音もなく近づくが早いか、

「女。待てッ!」

と、するどい一喝に相手の耳を衝って、跳びついた両腕を、うしろから胸へ廻して締めつけた。

びっくりしたに違いない、女は、顔いろを失って、じっと、肩越しに黒い眸をながしたが、気を沈めるように、

「あっ……貴方は、東儀様ではございませぬか。何をなされます、こんな場所で」

「えッ……拙者を東儀と? やや、貴女は」

「ごぞんじの筈ではございませぬか、富武五百之進の娘、花世でござります。……何かお人ちがいでも」

「こ、これは、飛んでもない失礼を仕りました。……ウウム、やはり貴女は花世殿だ、花世殿にちがいない」

と、恐縮と疑惑と、迷いと否定と、交な気もちに乱れて、まるで心の滅走した人間のように、茫然と手を離した。

花世の寒いほど麗輝な顔ばせは、ようやく、驚きからホホ笑ましげに和んで――

「東儀様、ご得心が参りましたか」

「は、は、よく相分りました、まったくの人違いで」

「他人のそら似ということもままございますから……」

「面目ない失礼でござった。どうか、お父上にはご内聞に」

「はい、私も女子のくせに、夜の外出は父に知れれば叱られますから」