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ろうごくのはなよめ

牢獄の花嫁

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页

青空文庫

前身

「ウーム、おびただしい数だな」

「三十年のお役目は、ふり顧れば、一瞬の間、自分でも、こんなに多かろうとは思わなかった」

「……怖ろしい! 拙者はこれを見ていると、世の中が、怖くなる」

と、五百之進は、潔癖な眉をして、気味悪そうに、顔をそむけた。

そこへ、下男の姿が見えた。一通の飛脚をもって、

「――老先生、長崎から、お手紙でござります」

「さあ、郁次郎から参ったか」

と、老人は、また一つのよろこびを受取って、ほとんど、その手紙へ涎を垂らさんばかりにホクホクしながら、

「ちょうどよい折。五百之進殿、郁次郎からの便りでござる」

「どれ、どれ」

と、五百之進も、顔を寄せて行ったが、花世は、桜貝のように耳を紅くして、父と老人が、低声で読む手紙の内容を、うっとりと、鼓動の胸へうけ容れていた。

前身

「いつ着くな、郁次郎殿は」

「この手紙では、九月の末――十月には相違なく帰るじゃろう。帰府の上は、早速にも、婚儀を挙げたいと思うているが、そちらのご都合は」

「師走ではいかがかと考えておる。――十二月、そして、新春を迎える」

「なるほど。郁次郎めも、こう早く帰府いたすというのは、一日千秋の思いで、一刻もはやく、花世さんの顔が見たいのじゃろう」