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ろうごくのはなよめ

牢獄の花嫁

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页

青空文庫

「あの辺は、多く、旗本町ですな」

「左様。大して、家格の大きなお旗本はおらぬが、だいたい御直参の多く住んでいるところなので」

「そのうちの一軒です」

「するとやはり、武家屋敷なので?」

「いかにも」

「何という者の屋敷でござりますな」

「江戸城の書院番頭富武五百之進という人物です」

「えッ、あの、富武五百之進」

「そこに、花世という一人娘はおりませんか」

「お、おりまする。……が、あの花世が……ふウむ……これはどうも、ふしぎ千万だ」

「ご承知ですか、その花世を」

「知っているどころではござらぬ」

と、東儀与力は意外な愕きに衝たれながら、花世について、自分が知っているかぎりの事実を塔十郎に話し出した。

塔十郎も意外だったらしい。

あれは貰い娘である、龍山公の落し胤であるらしい、ということを他から聞きこんで、これから探りに行こうというその娘が、江戸流の捕物名人塙江漢老人の一子塙郁次郎と許嫁の間がらであるというのは奇縁である。

いや、そればかりではない。

東儀与力にいわせると、その花世の行動には、こんどの女笛師のお雪が殺された事件以来、いろいろな奇怪なことが多いというのである。