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どうひょう

道標

宮本 百合子

第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页

青空文庫

何と簡単だろう。幾日も考えていたことが、あんまりあっさり運ばれたので、伸子は自分ひとりがもたついたのこそ下らない躊躇だったと思った。

室へかえって、伸子は五分おきぐらいに時計を見ていた。パッサージとリュックスの間は、ゆっくり歩いて十五分かかるかかからないかだった。

伸子は早めにホテルを出て、ゆるやかな登りになっているトゥウェルスカヤ通りを、のぼって行った。革命まえまで、モローゾフの店だったところが外交団専用の食糧品店になっている。そのすこし先の右手に、ホテル・リュックスがある。約束の時間きっちりに伸子はその入口のガラス戸を押して、大理石のしきつめられた奥ゆきのあるホールへ歩みこんだ。

ホールは人影がない。両側の大理石の腰羽目の上に張られている鏡の上に、伸子は自分の姿を映されながら、つきあたりにデスクをひかえている受付に、旅券をわたした。小さい紙に自分の姓名と、会おうとしている山上元の名をかいた。受付の男の眼つきは、落ちついていて、しかし見たものはよく記憶することができるという眼つきだった。

多勢の人がその中に住んでいる建物の内廊下は、どちらかというと光線が不足で、近くに食堂があるのかあったまっている空気に煮えているシチ(キャベジ入スープ)のにおいがした。