轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

どうひょう

道標

宮本 百合子

第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页

青空文庫

一日一日を食べて行くことさえこまかく計算されなければならないとき、外国人弟子からはおどろくような月謝をとるのが風習であるウィーンのピアノ教授への謝礼をつづけることはどうして可能だろう。川辺みさ子が、日本を出発したとき、彼女のボートは焼きすてられていた。ふたたび故国へ帰るときの川辺みさ子は、凱旋者でなくてはならなかった。川辺みさ子は、ウィーンでピアノを修業するものとしてではなく、自分のベートーヴェンで世界を征服して来る、と云って出発して来たのだったから。嫉妬ぶかい日本の音楽界は、ひとたび自分たちの耳に聞いた彼女のその言葉を忘れることはないだろう。川辺みさ子が、自分で自分をとりこにしたその言葉の垣のすき間から、彼女の一挙一動は見まもられているのだ。ウィーンでの川辺みさ子には、彼女を支持する大衆というものもなかった。よしんば音楽そのものはよくわからないにしても彼女の勇気と努力とを愛して、櫛のおちる演奏に拍手する素朴な人々はいなかった。ウィーンにいるのは、彼女の競技者である彼女より若くて富裕な人々、もしかしたら、彼女の教えた人々と、音楽の技術そのものによってでなければ彼女の存在を認めることのない世界の音楽の都であるウィーンの聴衆だけだった。