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やなぎばしものがたり
柳橋物語
山本 周五郎
前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页
おせんはこう確信した。庄吉がおせんを疑っている気持はよくわかる、そして自分にはその疑いを解く証拠がない。大阪という遠いところにいて、飛脚屋の権二郎からたびたび忌わしい話を聞き、帰って来て現におせんが子を抱いているのを見たのだ。ここにもし多少の証拠があって、このとおりであると並べてみせることが出来たとしても、それで庄吉の疑いがきれいに解けはしないだろう。
――本当のことはいつかはわかる筈よ、あたし待っていてよ、庄さん。
あのときおせんはこう云った。深く考えて云ったのでない、しぜんに口を衝いて出た叫びであった。そしてそれがいちばん慥かであり、必ずそのときが来るに違いないと思った。愛情には疑いが付きものである、同時にいちどそのときが来れば了解も早い、じたばたしないで待っていよう。こういう風に思案をきめていたのであった。
松造の帰った翌日、おせんは彼の置いていった銭に幾らか足して大きな犬張子を買い、それを持って友助の家へ礼にいった。橋からはいって長屋のほうへゆくと、新しい木の香が噎っぽく匂ってきた。おせんは切ないような気持で脇へ向いた、庄吉と悲しい問答をしたときのことが、その匂いからまざまざと思いうかんだのである。