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やなぎばしものがたり
柳橋物語
山本 周五郎
前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页
六
そしてふところ手の肩を竦め、唾をして向うへゆきかかったが、ふとなにか思いだしたというように振返って云った。
「ああおせんちゃん、あんた庄吉っていうひと知ってるかい」
六
おせんは首を振った。それが自分の庄吉であろうとは夢にも思えなかったのだ。
「知らないの、へんだね」おもんはちょっと考えるように、「――あんたのことをとてもしつっこく訊くんだよ、上方へいってこんど帰って来たんだって、じゃあひと違いなんだね」
おせんはああと叫び声をあげた。
「そのひと、おもんちゃん、そのひとどうしたの、あんた会ったの、どこで」
「あらいやだ、知ってるの」
「ええ知ってるわ」おせんは恥ずかしいほど声がふるえた、「教えて、いつ来たのそのひと、どこにいるの」
「そんなことわからないよ、お客で会ったんだもの、どこで聞いたのかあたしがおせんちゃんと仲良しだというんで来たらしいわ、そう、一昨日の晩だったかしら、あたし生き死さえ知らないからそう云ったら、――そうそう、あたしあたまが悪いな、思いだしたよ、そのひと杉田屋の幸太さんのこと云ってたわ」
「幸さんのことを、……なんて、――」
「そんなこと覚えちゃいないさ、半刻ばかりじくじく云って、酒もひと猪口かふた猪口のんだくらいで帰っていったよ、あれ、あんたのなにかなのかい」