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やなぎばしものがたり

柳橋物語

山本 周五郎

前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页

青空文庫

七

そんなことは、有るわけがない、きっとなにかの間違いである、どう考えても本当とは思えない――だってあたしがいるじゃないの、あたしはちゃんと待っていたんだもの、そしてあんなに固く約束したんだもの、あたしを措いて庄さんがお嫁をよそから貰うわけがないじゃないの。同じことを繰り返し思い耽っていたが、やがてぼんやり立っている自分を人が見るのに気づき、慌てて引返して家へ帰った。

「おもんちゃん、あんた済まないけれどそのままでもうちょっと幸坊の相手になって呉れない、あたし急いでいって来るところがあるんだけれど」

「ええいいわよ、このとおり温和しく遊んでるわ」

「ここへ飴を出して置くからぐずったらやって頂戴、すぐ帰って来るわね」

「こっちは構わないわよ、悠くりいってらっしゃいな」

おせんはそのまま家を出ていった。

七

森田町からはいって三味線堀についてゆくのが、阿部川町へはいちばん近い道である。秋とはいってもまだ日中は暑かった、乾いた道は照り返してぎらぎらと輝き、あるかなきかの風にも埃が舞立つので、おせんの足は忽ち灰色になってしまった。なにか口のなかで呟いている、ときどきそう気がついたけれども、なにを呟いているのか自分でもわからないし、頭が混乱して考えを纏めることもできない。