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やなぎばしものがたり
柳橋物語
山本 周五郎
前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页
八
「半鐘が鳴っているんじゃあないか」
と云った。おせんも耳を傾けた。たしかに、暴あらしく吹きたける風に乗って、微かに遠く半鐘の音が聞えている。然もそれが三つばんだった。
「近いようじゃないか」
「ちょっと出て見るわ」
おせんはひき返して、着物を上からはおり、雨戸を明けて覗いてみた、凜寒と冴えわたった星空のかなたに、かなり近く赤あかと火がみえた。おそらく本郷台であろう、煙が烈風に吹き払われるのでかがりは立っていないが、研ぎだしの金梨地のようなこまかい火の粉が、条をなして駿河台のほうへ靡いていた、おせんは舌が硬ばり、かちかちと歯の鳴るのを止めることができなかった。
「……大丈夫よお祖父さん、高いところだからたぶん本郷でしょう、風が東へ寄っているので、火は駿河台のほうへ向いているわ」
「地震のあとで火事か、今年の暮は困る人がまたたくさん出ることだろう」源六はゆらゆらと頭を振った、「……さあ、風邪をひかないうちに寝るとしよう」
八
横にはなったが眠れなかった。風はますます強くなるようすで、雨戸へばらばらと砂粒を叩きつけ、ともすると吹き外してしまいそうになった。そのうちに表で人の話しごえが聞えはじめた、