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やなぎばしものがたり
柳橋物語
山本 周五郎
前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页
前篇
一
前篇
一
青みを帯びた皮の、まだ玉虫色に光っている、活きのいいみごとな秋鯵だった。皮をひき三枚におろして、塩で緊めて、そぎ身に作って、鉢に盛った上から針しょうがを散らして、酢をかけた。……見るまに肉がちりちりと縮んでゆくようだ、心ははずむように楽しい、つまには、青じそを刻もうか、それとも蓼酢を作ろうか、歌うような気持でそんなことを考えていると、店のほうから人のはなし声が聞えて来た。
「いったいいつまでにやればいいんだ」
「無理だろうが明日のひるまでに頼みたいんだ」
「そいつはむつかしいや、明日までというのがまだ此処にこれだけあるんだから、まずできない相談だよ」
「そうだろうけれど、どうしても爺さんの手で研いで貰いたいんだ、そいつを持って旅に出るんだから」
「旅へ出るって」源六のびっくりしたような声が聞えた、「……おまえが旅へ出るのかい」
「だから頼むのさ、爺さんに研ぎこんで置いて貰えば安心だからな、無理だろうけれどそれでやって来たんだよ」
庄吉の声だった。おせんは胸がどきっとした、庄さんが旅に出る、出仕事だろうかそれとも、そう思ってわれにもなく耳を澄ました。
「そうかい」