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やなぎばしものがたり

柳橋物語

山本 周五郎

前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页

青空文庫

五

またなかまと喧嘩でもしたあとなのだろう、凄いような眼つきで、歯ぎしりをして、聞くに耐えないような悪口を吐きちらすこともあった。

「気楽にやろうよ、おせんちゃん、どうせこの世にあ善いことなんてありあしない、自分の好きなように、勝手気ままに生きてゆくんだ、みんな死ぬまでしきゃ生きやしないし、死んじまえば将軍さまだって灰になるんだからね」

二月も末に近い或る夜、おもんが舌もまわらないほど酔って、着物から髪まで泥まみれになって、殆んど転げ込むようにはいって来た。それまでいちども泊めたことはなかったのであるが、坐ることもできないありさまでどうしようもなく、泥を拭いてやり着替えをさせて、同じ蒲団の中へいっしょに寝た。――明くる日は朝から唸りつづけで、拵えてやった粥も喰べず、水ばかり飲んで寝ていたが、午すぎになって思いがけなく松造が訪ねて来た。

五

正月に来たきり音も沙汰もなかったので、――忘れたというのではないがちょっとどきっとした。いつものとおり草鞋と足袋を自分で干して、足を洗ってあがった松造は、そこに寝ているおもんの姿を見ると、眉をしかめた。――蒼ざめて土色をした膚、茫々とかぶさった艶のない髪、おち窪んだ頬と尖った鼻、いぎたなく手足を投げだした寝ざま。