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やなぎばしものがたり
柳橋物語
山本 周五郎
前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页
九
「御門が閉ったぞ」そのとき前のほうからそう叫ぶ声がした、「……御門は、閉った、みんな戻れ、浅草橋は渡れないぞ」
その叫びは口から口へ伝わりあらゆる人々を絶望に叩きこんだ、沸き立つような喧騒がいっときしんと鎮まり、次いでひじょうな忿りの呶号となって爆発した。浅草橋御門を閉められたとすれば、かれらが火からのがれる途はない、火事は北と西とから迫っている、然も恐るべき速さで迫って来ている、東は隅田川だ、浅草橋はたった一つ残された逃げ口だったのだ。
「門を叩き毀せ」誰かがそう喚いた。
「踏み潰して通れ」
するとあらゆる声がそれに和して鬨をつくった。
「門を毀せ」
「押しやぶってしまえ」
それは生死の際に押詰められた者のしにものぐるいな響きをもっていた。群衆は眼にみえないちからに押しやられて、再び浅草橋のほうへと雪崩をうって動きだした。
九
幸太はここの群衆の中から脱けだした。彼には浅草橋の門の閉った理由がすぐわかった。門の彼方もすでに焼けているのだ、風が強いから火はみえないが、さっき茅町の通りで見たとき、もう柳原のあたりが赤くなっていた、おそらく馬喰町の本通りあたりまで焼けてきたに違いない。