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やなぎばしものがたり

柳橋物語

山本 周五郎

前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页

青空文庫

ただ追われるような不安と苛立たしさ、息苦しいほどの激しく強い動悸だけが、今そこに自分の在ることを示しているような気持だった。

頭梁は山形屋というのであった。家は寺町へぬける中通りの四つ角にあり、さして大きくはないが総二階で、白壁に黒い腰羽目のがっちりした造りだった。大工の頭梁の家というより、てがたい問屋の店という感じである。おせんはその前を眺めながら通った、それから十間ばかり先にあるかもじ屋へはいって、油元結を買いながら、庄吉のことを訊いた。店にいた老婆は少し耳が遠いようだったが、訊かれたことがわかると舌ったるい口でくどくど話しだした。おたかの云ったことは嘘ではなかったのである、庄吉は気性と腕をみこまれて山形屋の婿養子になった、六月の十幾日とかに祝言もして、夫婦仲も羨ましいということであった。

「お加代さんも評判むすめだったけれどねえおまえさん、お婿さんもそれあよく出来たひとで、腕はいいしおまえさん、腰は低いしねえ、なにしろちょっとのま来ているうちに、職人衆みんなから、兄哥あにいって立てられるしさ、あたしみたいな者にもおまえさん、道で会うと向うから声をかけて呉れて――」