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やなぎばしものがたり
柳橋物語
山本 周五郎
前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页
だが火事の夜はそんなことも忘れたように駆けつけて来て、お祖父さんを負って逃げて呉れた。あの恐ろしい火のなかで、おまえだけは死なせはしないきっと助けてみせると云い、云ったとおりおせんを助けたが、自分は死んでいった。……思い返すまでもない、これらのことはすべてひと筋につながっている、初めから終りまでひと筋に、おせんを愛しているというただひと筋のおもいにつながっているのである。
これだけ深くつよい幸太の愛を、どうして自分は拒みとおしたのであろう。云うまでもなく自分が庄吉から愛されていたからだ、自分も庄吉を愛していたからである。しかし本当に庄吉と自分とは愛し合っていたのだろうか、いったい庄吉と自分とのあいだにどれだけのことがあったろう。自分が彼に同情していたことは慥かだ、特に幸太が杉田屋の養子になってから、悄然とした彼のようすには同情を唆られた。けれどもそれは決して愛ではなかった。彼が大阪へゆくまえにおせんを柳河岸へ呼びだして、帰って来るまで待っていて呉れと、思いもかけぬことを囁かれたとき、ええ待っていますと答えたのも、そういうことに疎い十七という年の若さと、それまでの同情にさそわれなかば夢中のことだったではないか。