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やなぎばしものがたり
柳橋物語
山本 周五郎
前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页
「よくわかるわ、幸太さん、あなたは本当におせんを想って呉れたのね、――庄さんがお嫁さんと歩いているのを見たとき、あたし躯をずたずたにされるような気持だったの、苦しくって苦しくって息もつけなかった、……胸が潰れてしまいそうな苦しい辛い気持だったわ、幸太さん、あなたの云って呉れたことが、そのときはじめてわかったのよ、――あなたの苦しいといった気持が、辛かったと云った気持がどんなものだったか、そのときはじめてあたしにわかったのよ」
おせんは噎びあげながらそう云った。高く高く、月を孕んだ雲の表を渡る鳥があった。なにか秘めごとでも囁くように、岸を洗う水の音が微かに聞えていた。
「かんにんして頂戴、幸太さん、あたしが悪かった、あたしがばかだったのよ、――庄さんにあんなことを云われるまで、あたしあなたが好きだったと思うの、だってあなたには遠慮なしに話ができたし、ずいぶん失礼なことも頼んだりしたじゃないの、あなたならなにを頼んでもして貰える、頼んだ以上のことがして貰えるって、ちゃんと知っていたんだわ、……幸太さん、あんなことさえなければ、おせんはあなたの嫁になっていたかもしれないわね、杉田屋さんのおじさんもおばさんもそのお積りだったんですもの、そうすればいまごろは……」