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やなぎばしものがたり
柳橋物語
山本 周五郎
前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页
きっと仕合せになるだろう、だがおれにはできなかった、どうにも頼むと云えなかった」源六はそこでぐったりと寝床の上に身を伏せた、「……人間には意地というものがある。貧乏人ほどそいつが強いものだ、なぜかといえば、この世間で貧乏人を支えて呉れるのはそいつだけなんだから、おまえはなにも知らないだろうが、おまえのおっ母さんがまだ生きていた頃のことだ、杉田屋のおかみさんが来て、枕もとへ坐って、おまえを養女に貰いたいと云いだした、そのときお蝶さんはこういうことを云ったそうだ、茂七さんはあんな性質だから、これからさき当てもたいてい知れたものだ、そのうえおまえさんはその病身で、いつどんなことがあるかもわからない、杉田屋へ貰えば着たいものを着せ、喰べたい物を喰べ、観たいものを観せて気楽に育てられる、わが子を仕合せにしたいというのが親の情なら、きっとよろこんでおせんちゃんを養女に呉れる筈だ」
源六はそこまで云ってふと言葉を切った。灰色の薄くなった髪のほつれたのが、行燈の光をうけてきらきらと顫えている、苦しかった六十七年の風霜を刻みつけたような皺の多い日に焦けた渋色の顔は、そのときの回想の辛さに歪んだ。