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やなぎばしものがたり

柳橋物語

山本 周五郎

前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页

青空文庫

だんだん暮しが詰っていった。杉田屋のおかみさんがおまえを抱きに来はじめたのはその頃のことだった、お蝶さんは少しまえに、生れて半年足らずの女の児に死なれていた、けれどもおまえを抱いてゆき、着物や帯を買ったり、玩具や菓子を呉れたりするのは、ただお蝶さんが膝さみしいというだけのことではなかった、こっちの落ち目になったのを憐れむ巳之さんの気持がはたらいていたんだ、……おまえのお父っさんやおっ母さんにとって、それがどんなに辛いことだったかわかるだろう、おっ母さんは巳之さんを断わって茂七といっしょになった、そういう因縁のある相手から、落ち目になって情をかけられるということは、嗤われるよりも辛い堪らないものだ、おまえを養女に呉れという相談のとき、お蝶さんの言葉を聞いておまえのおっ母さんはずいぶん、口惜しがって泣いたそうだ」

おせんは胸が詰りそうだった。茂七さんのゆくすえも知れたものだとか、おまえさんは病身でいつどうなるかわからないとか、うちへ来れば着たいものを着、喰べたい物を喰べておもしろ可笑しく育てられるとか、……恐らく親切から出た言葉だろう、うちとけた狎れた気持で云ったのではあろうが、貧苦のなかで病んでいる者にとっては、然も過去にそういう因縁のある者からすると、おせんにも母や父の辛さ口惜しさがよく察しられた。