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やなぎばしものがたり
柳橋物語
山本 周五郎
前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页
お祖父さんはそれを貧しい者の意地だと云ったが、おせんはそうは考えなかった、杉田屋はおっ母さんが嫁に望まれたのを断わった家だ、自分の選ばなかった人に自分の娘を託すことができるだろうか、意地ではなかった、もっと純粋な女の誇りだったというべきである、おせんには母親の気持が手でさぐるようにわかるのだった。
「お父っさんもおっ母さんもずいぶん苦労したようだ、贅沢などということはいちどもできなかったかも知れない、でもお互いに好きあっていっしょになったのだもの、貧乏も苦労もきっと仕がいがあったに違いない、お祖父さんの云うとおりもし人間が苦労するように生れついたものなら、ほんとうに心から好き同志がいっしょになって、互いに、慰めたり励ましたりしながら、つつましく生きてゆける仕合せに越したものはない、おっ母さんが亡くなって四年目にお父っさんも死んだ、そんなにも好き合っていたんだから、お二人ともきっと満足していらっしゃるに違いないわ」
おせんはそれを疑わなかった、なぜなら、彼女もいま人から愛され、自分もその人を愛していたからである。
外へ出るときには、おせんはきまって柳河岸を通った。