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やなぎばしものがたり
柳橋物語
山本 周五郎
前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页
も経てばしぜんとわかってくるよ」
「おじいさんはそれでいいだろうけれど、あたしそんな噂をされるのは厭よ」いつにも似ずおせんは烈しくかぶりを振った、「……ほかの悪口とは違うんですもの、こんなことが弘まったらあたし恥ずかしくって外へも出られやあしないわ」
「いいよいいよ、そんなに厭ならそのうち折をみて断わるよ、いきなり来るなとも云えないからな、まあもう少し眼をつぶっていな」
然しそれから数日して、赤穂浪士の吉良家討入という出来事が起こり、どこもかしこもその評判でもちきったまま年が暮れた。
正月には度たび杉田屋から迎えがあった。けれど縁談を断わったあとでもあり、これからのこともあるので、源六もおせんもゆかずにいると、四日の夕方になって幸太が松造という職人といっしょに、酒肴の遣い物を届けに来た。義理にもそのままは帰せなかった、上へあげて膳拵えをすると、もう少し呑んでいるらしい幸太は、源六と差向いになって盃を取った。ほかの日ではないので、おせんも燗徳利を持って膳のそばに坐り、浮かない気持で二人に酌をした。……幸太はしきりに思い出ばなしをした、杉田屋へはじめて住込んだ頃から、十五六じぶんまでのことを、おせんなどすっかり忘れていて、云われてびっくりするようなことも多かった。