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やなぎばしものがたり

柳橋物語

山本 周五郎

前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页

青空文庫

鍋の蓋をとって、泥鰌汁を掬おうとすると、昼間の元気なお祖父さんの姿が思いだされ、胸がいっぱいになってとうとう泣きだしてしまった。

明くる日は朝から見舞い客が来た。食事拵えや茶の接待は近所の人びとがして呉れた、そのなかでも、すぐ裏にいる魚屋のおらくという女房がいちばん手まめで、まるで自分の家のことのように気をいれて働いて呉れた。夜どおし寝なかったおせんは、午すぎになるとさすがに疲れが出た、みんなもすすめるし自分でも堪らなくなったので、隅のほうへ夜具を敷いて横になったが、すぐに熟睡して眼がさめたときはもう昏れかけていた。

「眼がおさめかい」膳拵えをしていたおらくが、立ちながらそう云った、「……つい今しがたおもんさんという娘が見舞いに来て呉れたけれど、あんまりよく眠っておいでだから帰って貰いましたよ」

「おもんちゃんが、どこで聞いたのかしら」

「また明日来ますとさ、それから晩の支度はここにできているからね、お湯もすぐ沸くからおあがんなさいよ、あたしはちょっと家のほうを片づけて来ますからね」

そう云っておらくは帰っていった。

空腹ではあったが食欲はなかった、ほんのまねごとのように箸を取っただけで、あと片づけをしていると杉田屋からお蝶が来た。