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やなぎばしものがたり

柳橋物語

山本 周五郎

前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页

青空文庫

までいってしまうほうがいい、悪い運が底をついてしまえば、こんどは良い運が始まるだろう、なにもかも新しくやり直すんだ、――庄さん、とおせんは眼をつむり遠い人のおもかげを空に思い描いた、あたし弱い気なんか起こさなくってよ、あんたが帰るまでは、どんなことがあっても他人の厄介にならないで待っているわ、今夜のことは堪忍してね庄さん、だってほかにしようがなかったんですもの、あんたがいたら幸さんなんかに頼みはしなかったのよ、わかるわね庄さん。

危険は考えたより遙かに早く迫って来た。幕を張ったように、するどい臭みのある煙が烈風に煽られて空を掩い地を這って、あらゆるものを人々の眼から遮り隠していた、そのあいだに火は茅町から平右衛門町へと燃え移っていたのだ、誰かが「あんな処へ火が来ている」と叫び、みんながふり返ったとき、河岸に面した家並の一部から焔があがった。風のために家から家と軒つづきに延びて来たのが、ひとところ屋根を焼きぬくと共に、撓めるだけ撓めていたちからでどっと燃えあがったのだ、ちょうど巨大な坩堝の蓋をとったように、それは焔の柱となって噴きあがり、眼のくらむような華麗な光の屑を八方へ撒きちらしながら、烈風に叩かれて横さまに靡き、渦を巻いて地面を掃いた。