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やなぎばしものがたり
柳橋物語
山本 周五郎
前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页
おせんは坐って、頭からまた蒲団をかぶった、然し熱さと煙とで、息が苦しくなり、ながくはそうしていられなくなった。
「お祖父さん、苦しくない」
そう訊いたが「うん」というなりでなにも云わない、堪らなくなって、おせんは頭を出した。ごうごうと、大きな釜戸の呻きのような火の音と、咆えたける烈風のなかに、苦痛を訴えるすさまじい人の声が聞えた。まるでそこにいる人たちを覘ってくるかのように、熱風と煙が八方からのしかかり押し包んだ。……向うのほうで「荷物に火がついたぞ」と叫ぶ声がし、「みんな荷物を河へ抛りこめ」という叫びが続いた。おせんはするどい恐怖と息ぐるしさで胸をひき裂かれるように思い、
「幸さん」
と喉いっぱいに呼んだ。
「……幸さん、どこ」
「頭を出すな」そうどなりながら、石の上へ向うから幸太がとび上って来た、「……髪毛へ火がつく、ひっこんでろ」
「苦しくってだめなの、息が詰るわ」
「苦しいぐらいがまんするんだ」そう云いながら彼は石から下りた、「……爺さんは大丈夫か、爺さん、もうひとがまんだぜ」
源六の返辞はなかった、身動きもしないので、幸太が蒲団を剥いでみた。源六は包へがくりと頭をのけ反らせていた、幸太は手荒く老人の着物の衿をかき明け、心臓のところへ耳を当てた。