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ろうごくのはなよめ
牢獄の花嫁
吉川 英治
「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页
「ウム、それまでにいうならば、花世どのをここにおいて申すが、差支えないか」
「無論!」
と、強く言い放ったが、ちらと彼女の白い顔を見た郁次郎の眼ざしは、何ものかに脅えていた。
「では訊ねるが、貴公、鷺江お雪という女笛師と、よほど深い間がらでござろうな」
「知らぬ! 存じませぬ!」
きっぱりと言って、横を向いた。
「卑怯じゃ」
と、東儀は嘲笑って、きのうの恋文と、笛の中から出た例の紙片とを出して見せた。
郁次郎の顔は、見る間に、血の気を失った。――が、彼以上の驚きと悲しみとは、むしろ花世の方に強かったかも知れなかった。今も、たった今、心の全部をあげて、信じていると言ったばかりのその人に、自分以外の女があろうとは、誰が、思っても見たろうか。
突然、花世は双つの袖を手に拯って、わっと、そこへ泣き伏してしまった。郁次郎の蒼ざめた唇は、口いっぱいに血を含んでいるかのように、固く閉じ切ッたまま、けいれんしていた。
東儀は、勝ち誇ったように、
「神妙になさるならば、ほかならぬ老先生のご子息、途中の縄目だけはゆるして進ぜる。さ、お立ちなさい」
脆くも郁次郎は、両刀をすてて、力なく、蹌々と立ち上がった。