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ろうごくのはなよめ

牢獄の花嫁

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页

青空文庫

宿役人が来る――見物の旅の者が追い払われる――。やがて、駅馬問屋にも、名物の石餅屋にも、灯火がついた。

「あら、ちょっと、美い姿だこと」

「お武家さま――」

「編笠のご浪人さん」

「泊っていらっしゃいな」

この東海道――わけて戸塚の宿には、飯盛女がたくさんいた。灯がともると、街道の安旅籠の軒ばに、白い蝙蝠みたいな白粉の女たちが出て、旅の者を悩ました。

「これ、離せ」

おぼろ笠をかぶった浪人だった。どこか窶れた線の細い影だった。しかし、たえず鋭い眼光りと、気配りとをもっていた。その若い浪人が宿の白蝙蝠たちに捕まって、当惑していた。

「放さんか、放せ」

「でも、どうせお泊りでございましょう」

「いや拙者は、この戸塚の宿に知り人の家がある。それを尋ねているのだ」

「うまいことを」

「通せ」

「いいえ」

争い合っていると、町の万屋から、何か買物をして出て来た五十近い田舎者の女が、

「あれ、若様ではございませぬか」

「おう、乳母やか」

「まあ、どうして! ……」

と、老婆は駈け寄って、淫らな白蝙蝠たちを睨みつけて、

「おまえらは、何をさらすんじゃ。このお方はわしが若いころに、乳母に上がっていたお屋敷の若様で塙郁次郎様と仰っしゃるお人じゃ。