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ろうごくのはなよめ

牢獄の花嫁

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页

青空文庫

「お江戸だそうでございますね」

「江戸です」

「私も……」

と、言いかけたが、巫女の直美は、急に、悲しそうに、

「七歳の時に、覚えたきりです」

「そんな幼少からこの江の島に?」

「え、巫女に貰われてまいりました」

「孤児かの」

「舞を舞っている間にも、それを思うと……」

涙が目にいっぱいだった。

「直美、直美――」

拝殿の方で、禰宜の呼ぶ声がした。

彼女が、顔いろを改めると、涙がぱらぱらと落ちた。

「はあい」

と、返辞をしてまた、

「お客様、晩に、江戸のお話をうかがいに行ってもようござりますか」

「え。おいでなさい」

「じゃ、きっと、参りまする」

また呼ばれたので、彼女は、あわてて走りかけたが、胸に挟んでいた檜扇が落ちたので、戻って、拾いかけた。

「あっ」

と、何を見て驚いたのか、郁次郎は、発作症でも起きたように、いきなり、彼女のその左の手をつかんだ。

「……いけません、人が見ます」

直美は、耳まで紅くなった。彼女がひそかに抱いていた恋心は、それを、自分の都合のよいように勘ちがいしていた。

が――郁次郎の眸は、それに、燃えているのではなかった。恋ではなかった。

彼女の左手の中指である!